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シンクロニシティ

朝、出勤途中、東西線飯田橋駅ホームに降りた時、エルトン・ジョンのYour Songを急に口ずさみたくなって、鼻歌。改札を出ると、有楽町線への地下通路に出ているCD屋さんのスピーカーが目に入る。今日は、どんな音楽かな、癒し系かな、と横目にスピーカーを眺めながら、急ぎ足の人達の中を歩いていると、ぴったり、Your Songが鳴り始めた。It’a a little bit funny feeling inside…
ほんのちっちゃなシンクロニシティ、宇宙のいたずら、ひとり静かに笑った。
夜、和尚の絶版になっている「セックスから超意識」の本の一部を書き出す。

 私が言いたいのはこういうことだ。

 セックスは神聖だということ。セックスという原初的なエネルギーのなかに神の反映がある。それは明らかだ。それは新しい生命を創り出すエネルギーだ。そしてそれは、あらゆるもののなかで最も偉大で神秘的な力だ。

 セックスに対する敵意を終わりにすることだ。もしあなたが、その生において愛が降り注ぐのを望むなら、セックスとの争いを放棄しなさい。セックスを喜びをもって受け容れるがいい。その神聖さを認めることだ。感謝をもって受け取り、さらに深く受け容れなさい。

 あなたはセックスがそのような神聖さを啓示できることに驚くだろう。それはあなたの受け容れる度合いに応じてその神聖さを明らかにする。そして、あなたのアプローチが罪の意識に満ちていて見当ちがいであればあるほど、あなたの前に現れるセックスはみにくく罪深くなる。       (38p)

その後、自分のセックスセンターのエナジーを気持ちよく味わいながら、帰りの電車に。
「エンライトメント ただひとつの変革」というインドの聖典、アシュタヴァクラギータについて和尚が語った講話録を読んで、セックスセンターからハートへエネルギーがあがり、涙がながれそうになる。
ふと、気づくと、斜め前に立っている長髪の長身マッチョな男が、やたら、前方の女性に接近している。あきらかに挙動不審。こちらも気になって、目が離せなくなる。女性が、あきらかに嫌がっていたら、声をかけようと思いつつ、男が一生懸命「自然」そうに女性の身体に触ろうとしているのが見え見え。女性は、少し酔っているのか、つり革に両手でぶら下がりながら、うとうとふらふら。こちらは気が気じゅない。ああ、あっ、触られちゃうっ、、、、この痴漢やろうっっ、、結局、あまりに露骨な不自然さに、彼女が、とうとう電車の停車中に遠くに移動、ぼくもほっとする。顔をしかめる男、なかなかセクシーともいえると思うのだけど、を見ながら、ざまーみろ、と喜んでるぼくがいたりした。
そのへんのこころの動きにあえて言葉をあたえると、正義感、嫉妬、軽蔑、ねたみ、猥褻さ、不快感いやらしさ、おかしみ、怒りなどなどがいりまじっているのだけど、それは、ぼくのセックスに対する意識の反映でもあるわけだ。だよね。

 そして、今日、このシンクロニシティという日記を書く気にさせたのは、いまさっき開いたメールに、Rameshの言葉が紹介されていたからだ。

This peace with oneself and with others grows as the sense that “I” am the author of my thoughts, feelings and actions diminishes. It comes with the understanding that it is Consciousness or Totality that is what I am and what I do, rather than the separate egoic entity being what I am or what I do. As that understanding is glimpsed and then deepens, the relief and the peace with oneself and with others is palpable. As always, the pointer to this peace is through the understanding of one’s fundamental nature.

わたしが考えているのでもなく、わたしが感じているのでもなく、わたしがなにかをしているのでもなく、わたしを超えたものが、わたしを通して、考え、感じ、行動しているということを理解すればするほど、こころは平安になってくる、とでもいうか。

何を思ったかというと、ぼくは、帰りの電車の中で見た彼、彼女、そしてぼく自身を思い出し、私たちひとりひとりを超えた何かが、あそこで、小さなドラマを創りあげたのかな、と。
そして、シンクロニシティと題した日記も終わる。


昨日、22日は久しぶりにインド大使館で、Art of Livingのロング・クリヤに参加。
ここ数日、ネガティブな思考、古いパターンを観ることができず、もがいていたのだけど、すっきりする。そのあと、みんなとインドレストランへ。先に抜け出したのであまり話もしなかったが、瞑想をしている人達と一緒にいるだけで、意識がオープンになって静かになれる。みんなありがとう。

This entry was posted in 瞑想.
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