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ほっこ星

本日は雨天なり。

寒し。

雨天結構なり。

堀さんからのメールで、ミシママガジンを見た。
手作り感、仲間で作る同人誌の感覚が伝わってきて、そういえば、こういう感覚、最近忘れていたなあとしみじみしたり。

その昔、群像編集部にいたときや、プラネットマガジンWombatを編集していた頃は、そういう感じがいつも自分の中にあったことを思い出した。

最近は、編集者というより、出版ビジネスマンという感じで、それはそれで自分の成長、修行にはなるのだけれど、あのゆるゆるでだらだらで、でも志とぐだらなさと熱い感じもなつかしいなあ。

編集者として100%燃えたいなあ、いつか。
そんなことを久しぶりに思いました。

かつて作家の小田実さんに、世界革命機関誌WOMBATの企画書をみせたら、面白がってくれて、「おもろいやないか、三木くん、配ったるよ」と企画書を受け取ってくれたことなども思い出した。
(あんな企画書を一生懸命、会社に提案していたのだから、ぼくも青かったよね~。でもまたああいうのをいつか提案したいよね~)

そういえば、作家の東郷隆さんと大阪出張中、ホテルでこれから会社の組合執行部に立候補するためのビラ原稿を書かなくてはいけないと言ったら、東郷さん、ぼくも何か書こうか、なんて言ってくれたのもいい思い出。
あの時のビラには、フィリピンやインドネシアなどで出あった貧困の中でけなげに働いている男娼の少年や物売りの少女のことなどを書いたっけ。

そういえば(と記憶は芋ずる式)、何度目かの世界革命雑誌の企画書を徹夜で書き上げた朝、起きだしてきたまだ小さかった娘に「パパは世界がもっとよい世界になるための雑誌を創るよ」といったら、うんと嬉しそうにうなずいてくれたっけ。

青いとはいいつつ、それでもこういう雑誌企画を何度没になろうが、また会社に提案してやれ、と思わしてくれた当時の会社も、いまにしてみれば、いい会社だったよなあ。

というか、その頃のぼくは夢見がちで何も現実が見えてなかったのか。

会社でも、いつも首からOSHOの写真付の数珠さげていたしなあ。

やっぱりいい会社だよなあ。
まわりの人もぼくの話を聞くたびに、懐の深い会社だと感心していたもんなあ。

最近、使命感にもえてたけど、今日はなんだか力がぬけて、駄々漏れ状態だなあ。

夜は「アバター」を妻のおかあさん、妻と娘と観に行くのだけど、その前の休日の空いた時間、あほな感じで、言葉とだらだら遊んでます。

あほな感じは、小学生のときから、成長せんな。

あほとは始まりもなく、終わりもなく、永遠なり。

そんなあほな。

おつまつ。

わが生まれ故郷、讃岐では、あほなことをほっこといいます。

ほっこっていう語感が、あほよりもっと馴染むな。
あほは海の向こう、関西からの外来語。

高三のとき、倫理の時間に、いつもとなりの植松くんとほっこ星人1号、2号といってじゃれあっていたのを思い出す。
ほっこ星の物理法則を考案中のとき、倫理の先生に立たされて、何、授業中に話しとんやと問い詰められて、ほっこ星の法則をしどろもどろに説明したりしたっけ。

実は、この地球、ほっこ星なんやで。

知っとった?

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