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自由へのプラットフォーム2 成長の限界

個人的な「成功」こそが自由への道である現代文明は、その個人の自由への情熱を原動力として、ダイナミックに経済成長をしてきた。起業、投資、競争による経済的自然淘汰によって、より利益を生む資本が生き残り、拡大し、他の資本を飲み込んでいった。

その経済成長は、年間成長率で測られるような 指数関数的な成長である。

その指数関数的な成長を促したのが、貨幣制度である。

貨幣は銀行によって作り出され、利子をつけて市中に回る。
すべてのお金の出所は、元を正せば銀行が貸し出した利子付き借金なのである。

銀行から借りたお金をお金として使っている我々は、銀行に借金は返さなくてはならない。しかも利子をつけて。

あなた個人が、自分は借金をしていないと言ってもそうは問屋がおろさないのである。

社会全体が銀行が貸し出したお金を貨幣として使っている限りは、あなたも銀行に借金があるのである。
そのために社会=我々は年利がついて指数関数的に、つまり雪だるま式に増えて行く借金を、去年よりも今年、今年よりも来年とより働いて返さなくてはならないのである。

指数関数的な経済成長を、個人的意思なぞおかまいなしに何が何でもやり遂げなければならない理由がそこにある。
とにかく何が何でも経済成長をしなければ社会全体が借金が返せないのである。私たちは止まれないのである。

美しい地球の自然を掘り返し、破壊し、無駄としか思えないような物が無理やり生産され、多量の宣伝費を使って無理やり買わせて、あふれかえるほどの大量のゴミや廃棄物を作り出して、それでも経済成長することが最優先されなくてはならないのである。

なぜなら経済成長が止まると、銀行に借金が返せなくなる。

だから政府も企業も必死に経済成長させるために労働者を叱咤激励して働かせる。

経済成長を達成するために労働者が過労死もいとわず働き続ける一方で、銀行は利子をつけて貸したお金(=市中にお金が生まれる)の利子を生むを言わさず巻き上げることができる。

それでもやはり思った以上に経済成長できなくて銀行に借金が返せなくて、借金が焦げ付くときもある。そんなときは、「金融の安定」のために我々の税金が「公的資金の注入」として銀行に支払われる。
だから我々はもっともっと働き続けて、とにかく要らないものでも無駄なものでも作って、作りまくって、宣伝して、売って、売って、GDPという数字、お金の量を増やさなくてはならないのである。

我々はそういうルールの中で生きている。

しかし経済とはお金、数字の話だけではない。経済とは実際に人々がエネルギーと物質を使ってさまざまなモノをつくる物理的な営みである。我々は、石炭、石油という化石燃料を発見し、莫大なエネルギーを人類は手に入れた。これが、指数関数的に増える成長を物理的に支えることを可能にした。
石油という極めて良質なエネルギーを手に入れた人類は、一人で100人の奴隷を持つほどの力を手に入れたとどこかで読んだ覚えがある。そのエネルギーを使って大量の物質を操作し、大量の商品を作り出す力を得た。

我々の文明は石油をじゃぶじゃぶ湯水のごとく使うことで成り立っている。

一番自然な営みと思われる農業でも、米1キロカロリーを作るために石油10キロカロリー分を使うそうだ。石油があってこそ年10%だ、5%だ、1%だという経済成長を可能にした。

その石油の生産量が天井を打ったという統計があり、それがピークオイルと呼ばれている人類に突きつけられた大問題だ。

有限なモノはいつかはかならずなくなる。かつては中東の砂漠に井戸を掘れば、勝手に石油が噴き出してきた。いまや中東の油田には大量の水を流し込んで圧を高めて石油を掘り出したり、深海の底から石油を掘り出したり、シェールオイルという極めて質の悪い石油を大量の環境破壊を行いながら取り出している。

経済を回すエネルギーが良質な石油から質の悪い石油に変わることで、もはやどんなに頑張ろうがかつてのような経済成長を果たせななくなってきているのだ。高品質のガソリンで走っていた車が、低品質のガソリンではどんなに頑張ろうが、かつてのように走れないのと同じことである。

つまり我々は、物理的に成長の限界に来ているのである。

人類の指数関数的に成長する経済活動によって破壊され続けている自然環境が再生し、維持することができなくてっている地球からすれば、これは福音である。

しかし指数関数的に増える借金を基盤にしている経済制度にとっては、経済成長できないということは制度の破綻を意味する。

いま世界中の国家が大量の借金を抱え、財政破綻の危機に瀕している。
それがまさにいまの貨幣制度の破綻が来ているという現実である。ギリシャ、アメリカ、そして断トツに借金を抱え込んでいる日本。

もはや質のよい石油を大量に使えなくなったために経済成長できなくなっている物理的な現実は、どんなに大量のお金を刷っても変えることはできない。その客観的な事実を前にしながら「経済成長によって財政再建」と唱えてる人々の姿を見ると、頭がくらくらしてくる。

それはさておき、この危機は人類にとっても福音になりうる。

この危機とは、自然環境を破壊してまでもっともっと働き、稼がなくてはならないという社会がこれ以上存続できないということだからだ。
自然と共生し、ゆったりのんびり暮らせる社会を作るチャンスが到来したのである。

「お金」という制度、お金の利権を握っている人にとっては、この危機、破綻は死活問題であるかもしれない。円やドルやユーロというお金が実はとてつもない利権を生み出していることがばれるとやばい、ともきっと思っているだろう。

何が何でもいまの「お金」の制度を死守しようとして、いま世界ではいろんなことが起きている。
もはや破綻するしかないことを無理やり延命させようとしているから、当然ながら、無理なことばかりが起きている。

ニュースが伝えている世界の姿だ。
命よりも「お金」の制度が大切な世界。
自然よりも「お金」の制度が大切な世界。
人よりも「お金」の制度が大切な世界。

しかしその世界の背後で静かに新しい世界が生まれつつある。

 

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