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『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』1

人生において、ありのままで愛される体験は、人間にとっての究極の価値である。一人ひとりの人生から、究極の価値が奪われれば、社会が問題だらけになるのは、当然ではないか。

人間が生きて死ぬまでの間の最も価値ある体験が妨げられることが、人間と社会の根源的な問題でなくてなんだろう。

表面上は穏やかで、しかし、深い怒りを溜めて、自ら変化を望まず、現状維持という麻酔を打ち続ける社会。これが問題でなくてなんだろう。

自分の羽を信じられない人は、羽ばたく可能性を考えもしない。自分を生きることを諦めている人は、自立を望まない(できるとも思っていない)。

私たちの人生は、自分を愛する旅である。

人が自分を愛するため、私たちが究極的にできることは、「その人の関心に関心を注ぐこと」だ。

それは、人のために立ち止まることでもある。

「だれかと真につながっている」「自分は一人ではない」という感覚は、あらゆる人間の幸せにとって、決定的に欠かすことのできない要素なのだ。

人がつながりの感覚を取り戻すのは、自分の関心に関心を持ってくれる人との出会いによってである。

人に対して関心を示すことと、人の関心に関心を示すことは、全く異なるものである。人に対する関心とは、自分の関心ごとに過ぎない。関心とは、無関心の一つの形なのだ。

この視点で社会を見つめ直すと、驚くほどの人が、人に対して関心を持ちながら、人の関心には関心がないことがわかる。

子供の関心に関心を持たない大人は、善意で、子供の自尊心を殺してしまう。

大人の無関心の結果、人とのつながりを感じられず、自分を信じる力を失い、自分を愛することができず、問題に立ち向かう勇気が奪われていることにある。

子供の関心に関心を注げば、子どもの心に自分への愛と勇気が蘇ってくる。その手助けをすることが大人の役割だ。

機能不全に陥りつつある、日本の教育を再生する方法は、実はとてもシンプルだ。目の前の子どもたちの関心に関心を向けること。教師の目的が「学生が、自分を愛する手助け」であり、「学科を教えること」はその手段、と位置付けられれば、教育は一夜にして正常化するだろう。

樋口耕太郎

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