
ギリシャ危機に生まれた急進左翼連合政権の財務大臣として、EUの債券団が要求する超緊縮政策に対して果敢に挑み、しかし最終的には、信頼していた首相に裏切られ、孤軍奮闘空く辞任した(EUの政治経済のトップエリートたちとの交渉のやりとりをヤニスが実名で赤裸々に綴った『黒い筐』は手に汗握るポリティカル・ミステリーのようなドキュメンタリーの傑作)経済学者にして活動家であるヤニス・バルファキスの最新作。
1929年に起きた世界恐慌から始まり、2008年に起きたリーマンショック(実際は第二次世界恐慌であり、いまもその影響が続いている)に至る資本主義を巡る政治経済の生々しい動きを分析している。
資本主義が安定するには、恒常的に黒字になる地域、国から恒常的に赤字になる地域、国へとその黒字が投資なり、税金による再分配なりで還流することで、資金が循環する必要であるというテーゼからヤニスの分析は出発する。その自動的な世界黒字再循環装置をGSRMと名づける。
1929年に起きた世界恐慌は、GSRMが不在のために起き、ニューディール政策によっても回復は起こらず、第二次世界大戦の勃発によってやっと回復した。当時、アメリカ政府の中枢にあったニューディール派のエリートたちは、戦争が終わることで再び世界恐慌が来ることを恐れ、同時にアメリカが手に入れた覇権の維持も目的として、戦後の世界通貨体制を議論するブレトン・ウッズにおいて、イギリス代表団のメイナード・ケインズが提案したバンコールという世界通貨の案を拒否し、ドルを基軸通貨とする他国の通貨を固定相場とし、ドルを金1オンス当たり35ドルという金本位制に確立した。
世界唯一の貿易黒字国であるアメリカが、ドルの覇権を維持しつつ、通貨の一元化による脆弱性をカバーするために、欧州とアジアに2つの通貨を確立させ、その3つの通貨によるGSRMを作ることを計画した。アメリカが選んだのが、ともに敗戦国であるドイツのマルクと日本の円であった。両国をアメリカの黒字で復興させ、アメリカ市場を開放し、ドイツ、日本の輸出品を受け入れた。これによってアメリカの黒字がドイツ、日本へと流れ、黒字は循環した。これが1971年、ブレトン・ウッズ体制をアメリカが破棄するまで続いた。
アメリカの黒字が減り、アメリカの保有する金が減るにつれ、このGSRMは軋み始め、ついにニクソン大統領は、突如、ドルと金の兌換を停止し、変動相場制になる。この時、アメリカの政策担当者たちは、ドルを基軸通貨とする覇権を維持したままの新たなGSRM体制へと手を打つ。それがアメリカの2重の赤字、財政赤字と貿易赤字と各国の黒字のウォール街への還流という次なるGSRMであり、ヤニスは、これをグローバル・ミノタウロス世界牛魔人と呼んだ。
アメリカは、制限なくドルを刷り続け、財政赤字と貿易赤字を垂れ流し、その赤字によって作り出された底なしの消費需要に飢えたアメリカ市場へ日本、中国、各国が輸出し、貿易黒字を稼ぎ、その資金を、金融工学という詐術でドルからドルを膨らませ続けてるウォール街へと投資することでドルは還流し、どんどん膨らんでいく。そして2008年に、ウォール街が、レバレッジをかけまくった実体のないドルのバブルが弾けた。
弾けたバブルの後始末を、各国の中央銀行が大量の資金を金融機関に注入して、金融機関を救済したが、それは金融機関の負債を国の借金に借り換えし、問題を先送りしただけであり、債務危機はいまも続行中である。
ヤニスは、無責任は銀行、金融機関を退出させ、中央銀行が国民一人一人の口座を作って、中央銀行によって責任ある金融政策を一元管理することに解決策を見出しているようである。
しかし先日、紹介したリチャード・ヴェルナーは全く逆の見解を持っている。彼は、世界恐慌もリーマンショックも、中央銀行がその力を集中するために作ってきたと理解している。彼によれば、ヤニスの中央銀行による金融政策の一元管理こそ一番避けなければならない全体主義の世界である。
ヤニス・バルファキス、リチャード・ヴェルナー、両者ともに、近代経済学が机上の空論であり、実際の政治経済の実体から目をそらさせるまやかしでることを見抜いているが、中央銀行をどのようにとらえるか、両者の議論を聞いてみたい。